テントの中で寝ていると雨が降ってきた。朝にはやんだが、残念なことに曇天。パンとスープを食べ、予定通りの9時出発となった。今夜はすぐ近くのグラッシー湾に泊まることになっていて、急ぐこともないが、もっと先に進んで1泊減らせないかと考えるようになっていた。さすがにビッグ・トラウト湖は大きく、抜けるのに1時間半かかった。僕らしかいないのかと思っていたが、いくつかのパーティーがテントを張っているのが湖上から見えた。隣のホワイト・トラウト湖とは細い部分でつながっていて、両湖は同じ水面を共有しており、地質学的には一つの湖とも言えるだろう。ミシガン湖とヒューロン湖のようなものだ。この辺りで少し休憩し、一人一人が陸に上がってカヌーを漕いでいる写真を撮った。
ホワイト・トラウト湖もなかなか広く、午前中に魚を釣るチャンスはたくさんあったが釣れなかった。これから先はグラッシー湾と呼ばれる湿原に入って行くことになるので、今日は一匹も釣れないかもしれない。この広い公園自体が湿原のようなものだが、この辺りは英語でボグと呼ばれる湿原で、日本で言う高層湿原に似ている。ワタスゲやモウセンゴケなども生えていて、植生も驚くほどそっくりだ。海抜は高々400mであるが、北緯46度は日本最北端、稚内や択捉島に相当する。ホワイト・トラウト湖をどんどん進んで、グラッシー湾はまだかまだかと舟を漕ぎ続けた。しかし、どうも地図と周りの地形が合わず、いつの間にか僕らは現在地がどこなのか分からなくなっていた。最も確実に現在地を特定できるキャンプサイトさえ、なかなか見つけられなかった。ようやくその一つを見つけた時に、星がひらめいた。僕らは既にグラッシー湾の中に入っていたのだ。もし星の言うことが正しいならば、この先にもう一つだけキャンプサイトがあるはずである。それを願ってさらに進むと、期待通りの場所にキャンプサイトがあった。このボグは自然保護区域に指定されていて、地図上で明確に線引きされている。僕らは実際のボグの境も地図で示されているように明確であると勘違いしていたので、ボグに入ったことを確認できなかったのだ。1時を過ぎてお腹も空いていたので、ここに上陸し、昼食を取ることにした。
天候があまり良くなく、冷たい風も吹いていたので、ラーメンを食べて体を温めた。チーズも食べた。今日は僕がサンダル履きで、いざという時に水に入る役だったので、この寒さは不快だった。この先はもうマッキントッシュ湖に出るまでキャンプサイトがない。ムースが現れるのを期待して、ここで一夜を明かすのが当初の予定だったが、未だ2時である。先に進んで予定より1泊減らす最終決断をし、舟を出した。
すぐにボグの一番広い部分に出る。ところどころに白いスイレンの花が咲いていて、極楽浄土のようだ。ルートを見失いやすいのだろうか、方向を示す標識が立てられていた。それにも関わらず、これから僕らはこのトリップで最大のミスを犯すことになる。地図によると、ここから少し南東に進み、その後はずっと西へ行くはずであった。僕らはその西への水の流れがどこから出ているのか、多少は気にしながら南東方向へコンパスを見ながら進んで行った。カヌーは基本的に水平方向に進んで行くため、尾根を歩く場合と違って、なかなか地形をつかみづらい。それにこの辺りの湖は、日本の人造湖のように複雑に入り組んだ形をしており、遠くから中島だと思っていた陸地が、近くに寄ってみるとそうでなかったりする。実際にカヌーを漕いでみるとよく分かるが、遠くから眺めて想像していた地形は、近づけば近づくほど形を変え、驚かされることがしばしばである。この時も、あの辺りで右への分岐があるような気がすると進んで行ったが、進めば進むほど分岐と思われる場所は遠ざかって行った。湖底が浅くなり、水草も多くなってきたのでスピードが確かに落ちていた。だからこそ、頑張らねばならないと思い、漕ぎ続ける。僕らはいつの間にかクリークに入っていて、しかもその幅がどんどん狭くなってきた。それでも僕らは頑張って進んだ。そしてついにカヌーが進めないまでもの狭さになった。この時、もはや先に進むことしか考えていなかった星は、引っ張ってでも前進しようと率先してカヌーから降りたが、いくらなんでも、これはおかしい。この先は、本当の極楽浄土かもしれない。僕らはUターンさえできない細いクリークで戻る決断を下した。
迷い込んだクリークがどこだったのか、地図上で容易に推測できたが、どこまで進んでいたかまでは分からない。とにかく今は戻るのみである。西へ向かう流れは今度は左手に見えるはずだった。しかし距離感がなくなっていたので、やはり現在地を確認できる場所まで戻りたかった。そして標識のところまで戻って来た。ここからルートを誤って30分進み、30分かけて戻ったという感じなので1時間をロスしたことになる。けっこうな時間と体力、そして気力のロスであるが、僕ら三人はむしろ興奮していて、山好きが感じる独特の喜びを感じていた。迷い込まなければこの喜びもなかった。西へのルートはこのすぐ近くにあった。実は重要な場所に標識が立てられていたことをようやくこの時に悟ったが、星はカナダのことを「アウトドア先進国」と称していた。ハイウェイ沿いのキャンプ場は至れり尽くせりで、初心者でも楽しいキャンプができる。奥地に入れば、本当に必要な所にしか必要な物がなくて、僕らの冒険心を刺激させてくれる。アウトドアという言葉は僕はあまり好きでなくめったに使わないが、日本と比べれば確かに「アウトドア先進国」なのかもしれない。少し進むとP930の入り口があった。僕らはこのままマッキントッシュ・クリークへと漕ぎ進むが、さらに現在地を確認することができた。
こうしてムースを見つけることなくグラッシー湾から離れて行った。僕自身、雌は何度となく見たことがあるのだが、りっぱなへらのような角を持つ雄は動物園でしか見たことがない。今回こそはと思っていたのだが、体重500kgを超える地上最大のシカ、その雌でさえも2人に見せられなかったことは非常に残念である。そんなことを思っていると、ビーバー・ロッジを見つけた。森に生きるエンジニアと呼ばれるビーバーが作った巣である。今、その中にビーバーの家族が暮らしているのかもしれないが、姿を目にするのは困難と言われていて、僕も路上で車にひき殺されたビーバーを見たことがあるくらいである。奴らは森の木を齧り倒して、巣を作り、餌を捕まえるためのダムをも作る。齧られたビーバー・ツリーも見つけてあげたかったが、今回のポーテッジのパスには見つけられなかった。
いつの間にか今回の全ルートにおける最低地点を過ぎていて、僕らはマッキントッシュ・クリークを流れに逆らって上っていた。そしていくつものビーバー・ダムに進路を阻まれた。1人あるいは2人が降りて、カヌーを引き上げなければならない。ふと後ろ、東の方を見ると嬉しいことに青空が広がってきていた。
カヌーは登山ほどエネルギーを消費するわけではないので、今回のトリップでは行動食はほとんど取らなかった。しかし、1日目と2日目はバナナ、3日目はオレンジ、そして4日目の今日はリンゴというように果物は食べた。せっかくカナダ、オンタリオ州に来てくれたんだから、オンタリオ州のリンゴを食べさせてやろうと、僕は敢えてマッキントッシュを選んで3つ持って来ていた。マッキントッシュとは日本では旭と呼ばれているリンゴの一品種で、スコットランドからカナダに移民したマッキントッシュ氏が1811年にオンタリオ州の自分の畑で見つけた一本のリンゴの木に由来する。品種改良を重ねたふじなどとは違い、原種の味が楽しめるので僕は好んで食べるし、北米ではけっこう出回っている。僕が愛用しているコンピュータ、マックあるいはマッキントッシュは、このオンタリオ州原産のリンゴの名前にちなんで名付けられたことは有名な話である。計らず、マッキントッシュ・クリークで、カヌーに乗りながらクリークの水にマッキントッシュを沈めて洗い、皮ごと齧ることになったが、星と相澤からは特にこのリンゴに対するコメントはなかった。
そのうちに最大級のビーバー・ダムに出た。僕らがビーバー・ダムと思っていたその全てが本当にビーバーによって作られたのかどうか定かではないが、大きい物は、やはりビーバーの仕業であろう。そのようなダムは確かに威力があって、サケが人工のダムに遡上を阻まれてダムの下流に群がるように、クリークを遡りたい魚がたくさん集まることになる。そして水が溜められた上流にも、これ以上の行き場を失った魚がビーバーの格好の餌食となる。このビーバー・ダムを越えようとした時、星がカヌーの下にいるそんな魚たちに気付いた。釣り針を垂らすと目の前で魚が針を突っつく様子がありありと見え、今日は魚を捕まえていないこともあり、釣りの時間となった。僕はここで例のマッキントッシュを齧ったが、暇だったし、目の前にしながら釣れない二人にいらいらし、焚き付け用の薪を運んでいた網で、魚たちを一網打尽にしてやろうと企んだが、そう甘くはなかった。それに僕だけはライセンスを買っていなかったので慎むことにした。そのうちに星が1匹、相澤はダムの上にも足を運んで3匹を捕まえた。それでも相澤はもっと捕まえてやろうと頑張っていたが、彼らのライセンスでは、魚の種類にもよるが1人1日2匹までである。やめさせて、舟を上に上げ、先に進むことにした。ところで釣った魚はいったい何だったのか。例の冊子を眺めてみても当てはまる物が見つからなかったが、翌日、ハイキングに行った時に、相澤がそのパンフレットの中にそっくりな魚のイラストを見つけ、クリーク・チャブであることが分かった。ではクリーク・チャブを何匹まで釣っていいのか。明記されていなかったが、もしホワイト・フィッシュの一種として分類されるならば、1日に25匹ずつまでの捕獲が許される。
魚釣りでのんびりしてしまい、P745に着いた時には午後5時を回っていた。700mを超えるので、相澤と僕が交代して半分ずつを担当することに、さらに、食料が減って荷物が軽くなってきたので、一度に三人で全てを運べないか、試してみることにした。この試みはうまく行き、初めてまともなポーテッジができたような気分を喜んだ。今日はもう10分ほどこのクリークを漕いで、最後のP510に取り掛かる。P745でたくさんの荷物を運んで疲れ切った星のアドバイスに従い、今回はまた分けて運ぶことになった。このパスはなかなかいい雰囲気だったので3回歩いた価値はあったが、買ったばかりのサンダルは、酷使されて底が割れてしまった。片道しか歩かなかった相澤は何を思ったか、もくもくと薪を集めてカヌーに積み込んでいたが、僕らがこれから泊まることになるサイトにはほとんど薪が残っておらず、この薪に助けられることになる。
P510が終わればそこはもうマッキントッシュ湖である。僕らは舟を出し、そしてその美しさに言葉を失った。空はいつの間にか完璧に晴れ、湖面には波一つ立っていない。こんなすばらしい場所を僕ら三人で独占しているのだ。晴れているからまだ明るいものの、もう7時になる。目の前の島にテントを張ろうと近づくと、老夫婦が静かに夕日を眺めていてびっくりさせられた。今日の長旅で疲れており、もはや遠くへ行く元気もなく、その南側の島に落ち着くことにした。最後のカヌー運搬で疲労困憊していた星は、愚かなことにライフジャケットを着用せずに、ここまで来てしまったらしい。マッキントッシュ湖の入り口に置いて来たはずだと、相澤のライフジャケットを着用して独りで取りに戻ることになった。この国では日本と違って、ちょっとした遊びでボートなどに乗る場合でも必ずライフジャケットを身に付ける。テレビアニメに登場する子供たちも、ちゃんとライフジャケットを着用している。しかし星は、今後ライフジャケットがないことによる危険性よりも、返却時にいくらのペナルティーを課せられるかを気にしていた。
今日の夕食はパスタ。星はライフジャケットを見つけ、無事に戻って来た。この湖でも魚を釣ろうとしたが、うまく行かなかったようだ。しかしビーバーのおかげで、今夜も小さいながら4匹の魚にありつける。この時は何という魚なのか全く分からなかったが、クリーク・チャブの味はどうか。相澤が釣った3匹に比べ、星のは小さくばかにされていたので、星は丸飲みしてしまった。僕も一匹を頭も骨も腹も取らずに食べてみたかった。相澤は箸で突っつき、美味い美味いと繰り返し唱えて舌鼓を打っていた。確かに昨夜のホワイト・サッカーよりは美味かったが、クリーク・チャブもしょせんコイ科の魚であったと後で知った。そうは言っても、魚釣りに対して興味がないどころか嫌悪感さえ持っていた僕が、さらにライセンスを買っていない僕が、このキャンプで毎晩、楽しく魚を食べられたのは全く二人のおかげである。特にバスの美味さは忘れられず、後日、近縁種であるスズキを買って食べてみた。川魚ではないが、まさしくあの味だった。
1つのキャンプサイトには多くて9人まで滞在できるという規則になっている。1パーティーのみという規則はなかったので、混雑時にはいくつかのテントが並ぶのだろうか。静かな湖に浮く、こじんまりとした中島の広々としたキャンプサイトで、三人のんびりできるとはなんとも幸せなひと時である。隣の島にも人がいるはずであったが、弱い光が1つ見えただけだった。実際にはもう1パーティーかがマッキントッシュ湖で夜を明かしていたことが朝になって分かったが、晴れ渡った夜空に湖面に光を投げる満月が昇り、本当に静かな夜だった。相澤が焚火に取り憑かれたように拾ってきた薪をくべていた。焚火のおかげでガスの消費量はかなり抑えられた。まじめに料理をするから最後までガスが持つかどうか心配だったが今となっては杞憂で、なおかつ最後には無駄に店に引き取ってもらうことになった。聞こえる音と言えば、薪が燃える音と、狂ったように泣き叫ぶルーンの声だけである。今夜の冷え込みは今までと違い、厳しかった。
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